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大阪高等裁判所 昭和37年(ネ)666号 判決 1963年1月22日

控訴人(原告) 寒川朝海

被控訴人(被告) 国・御坊税務署長

訴訟代理人 山田二郎 外四名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人はその陳述したものとみなされた控訴状により「原判決を取消す。被控訴人国は、控訴人が国に納付した所得税金五〇万円を控訴人に返還せよ。被控訴人御坊税務署長は、控訴人に対し、所得税の滞納処分としてなしている差押処分を取消せ。訴訟費用は国の負担とする。」との判決を求め、被控訴人等指定代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出援用認否は、原判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。

理由

納税義務者が政府に対してなす所得税の確定申告は公法上の行為であるから、申告の内容に錯誤があつても、当然には私法上の行為に関する民法第九五条の規定の適用があるものではなく、その効力は我が所得税法がとつている申告納税制度自体から別に判断しなければならない。申告納税制度は、政府の調査をまたず、納税者自身が所得と税額を申告することによつて具体的な租税債務が発生する制度であつて、我が所得税法はこの建前の下に、納税義務者にして一定額以上の所得を有する者は、原則として毎年その年分の所得金額、所得税額その他所定の事項を記載した確定申告書を、翌年二月一六日から三月一五日までに政府(税務署長)に提出しなければならないものとし(所得税法第二六条)、確定申告書を提出した者が、当該申告書を提出した後において、申告書に記載した所得税額が適正に計算した場合の所得税額に比し過少であることを知つた場合には、当初の申告書に記載した事項を修正する修正確定申告書を提出することができ(同法第二七条第一項)、又当初の確定申告書に記載した所得税額が過大であつて実際には減少することとなつた場合には、当該申告書の提出期限後一箇月間を限り、政府に対し所得税額の更正の請求をなすことができるものとするとともに(同法第二七条第六項)、確定申告書を提出した者は申告所得税額を一定の期限までに政府に納付すべく(同法第三〇条第一項)、所得税法第二六条第三項第八号に規定する超過額等があるとき、又は同法第二七条第六項の規定による請求に基き減額の更正があつた場合においては、政府は納付された税額中から超過額を納税者に還付すべきものとしている(同法第三一条第一項、第三二条第三項)。右のような我が税法上の建前から考えると、納税義務者はその自主的判断によつて申告した所得金額につき拘束を受け、たとえ申告所得額が実際の所得額より過大であることを後日発見したとしても、前示期限内に更正の請求をなしその更正決定を受けない限り、所得額につき申告と異る主張をなしえないものであること、即ち、確定申告書記載の所得金額は不可争的のものとなることが明らかで、納税者の意思と利益は国家の徴税目的によつて制限されたものと解することができるから、確定申告書記載の所得金額が誤算その他申告書自体の記載から明白な誤りであることが看取される場合のほか、所得額についての錯誤を理由に、申告行為の無効を主張することは許されないものと解するのが相当である。ところで本件の場合は、控訴人の主張自体によつて、その申告にかかる所得金額に誤算その他申告書自体から錯誤の存することが明白な場合に該当しないことが明らかであり、且つ前示減額の更正決定を受けたことは主張しないところであるから、仮に控訴人において、他の共同相続人の所得までも自己の所得であると誤解し、過大な申告をしたものであるとしても、控訴人は自己のなした確定申告が錯誤により無効であることを主張することはできないものといわなければならない。そうすると控訴人が納付したと主張する所得税金五〇万円は控訴人において納付義務ある税金を納付したものにほかならないから、不当利得返還の問題を生ずる余地はなく、又被控訴人税務署長においてなしたと主張する滞納処分としての差押も違法となるいわれはないから、控訴人の本訴請求は主張自体から失当として棄却を免れない。

よつてこれと同旨の原判決を相当とし、控訴を棄却すべく、民事訴訟法第三八四条第一項、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岡垣久晃 宮川種一郎 大野千里)

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